末盧の「もの」がたり

『末盧の「もの」がたり』第50話

古代人は何を着ていたか⑯
ー布となった糸ー

前回説明したように、どうして平織りとは違うモジ織りという手間のかかる織り方が生まれ、維持されたのでしょうか。答えのヒントは、モジ織りが漁網として強い需要があったことにあるようです。後藤氏はそのことにも触れています。イワシ等の「小魚の漁は、引網、敷網、抄網(すくいあみ)等で獲られる。その中でも、二、三センチ以下の小魚を取る細目網は網製作道具の網針(あばり)がいかに小型でも、結節のできる本目編みや蛙股(かえるまた)編みでは仕立てられない。織物のようにタテ糸にヨコ糸を交差して織り込んだ布織であれば、細目網ができる」とし、平滑な捩網(もじあみ)は「鱗などの魚体を傷めない」利点もありました。しかも、平織りでは「極端に細くても水切りがわるく、太くなりすぎると布織りの平織りでは組織がずれて四角な網目の均一性がなくなる。」一方、「タテ糸がもじれてヨコ糸をはさみ織られる網で細目の水切りの良い破断率の少ない網地が捩網」だったのです。しかも、葛は藁よりも水分の吸収が少なく、乾燥も早く、腐れないという耐久性もあり、安価な網の原糸としてすぐれ、その葛を素材としてモジ織で織られた網は漁網に最適だったのです。

漁網とモジ織りの関係と沿革については別稿を考えているので、この程度にとどめますが、漁網としての利用開始が、どのくらいまで遡るかは興味深いところです。菜畑遺跡の縄文時代晩期の土器底には、網目が認められ、調査した渡邊誠氏は結束部分が網針(あばり)による蛙股網であるとし、後藤氏もその糸の太さと目合いからイワシ等の小型の表層魚用ではないかとしていますが、モジ織りとは指摘していません。素材が何かはわからないのですが、身近で容易に得られる葛の可能性があるのではないかと考えています。但し、その手法が編み作業によるものであれば、モジ織りとはならないのですが、織物を研究している尾崎清子氏は編布から織り機を用いず織布になる手法を指摘していることから、解明にはまだ難しいものがあります。

葛布の事は、古くは『詩経』の「葛覃(かったん)の章」に、「葛之覃兮 施干中谷 維葉莫々 是刈是獲 為絺為綌服之無斁」という歌があり「葛が伸びてはびこれば、刈って煮て、糸にとって細布荒布に織らねばならない」という周の時代の民謡です。また、『論語』や『墨子』等にも、葛布のことが記載されています。これらからも、すでに、春秋戦国時代の中国に織物の原型があったと思われます。最近、稲作の開始期の遺跡として注目された江蘇省の草鞋山(そうあいざん)遺跡からも、葛布が出土しています。

いずれにしても、機織り機の登場が弥生時代の稲作文化の伝播期にあることは間違いないようです。ただ、唐津のモジ織りはそこまで遡ることはないようです。葛布の記録は、
江戸時代末の大蔵永常(だいくらながつね)の
『製葛録(せいかつろく)』
に詳しいのですが、葛モジ織りについては、後藤氏は唐津佐志の『岸田家文書』の天保二年以降に記録がみられることから、その起源を、
「小笠原氏の転封によって、当時、盛んに葛織りがなされていた遠州掛川から伝播したのでは」
と指摘しています。江戸期の後半に唐津地方に伝わり、そして佐志地区に漁撈網の需要によって定着したという経過が蓋然性のあるもののようです。

しかし、その佐志モジも戦後には、安価な化学繊維の発明によって、いつの間にか廃れてしまったということです。昭和40年代には織りの技術を伝承していた方々も、シキノという平織りの技術を伝承していただけでした。昭和54年に西唐津に歴史民俗資料館が開設され、多くの民俗資料が収集保存されることになり、初代の館長となった後藤氏は失われてゆく郷土の生活資料の収集に努められました。

その中で、集められた地機を復元して佐志モジの復元作業にも尽力され、女子美術工芸大学に学び葛織伝承者に教えを受けて織りの技術の復元に努められた松尾鏡子氏の協力によって、昭和58年に織りの復元として結実しました。現在、資料館に残る地機は、その時に宮崎マセさんに指導していただきながら松尾鏡子氏が織ったモジ織りの復元に使われたものです。この「古代人はなにを着ていたか」の問いの出発点がそこにあるのかもしれません。(続く)

さて、紙面によるこの「末盧のものがたり」はこれが最後になりました。しかし、この稿も未完です。別の形で話は続けていきたいと思っております。こうご期待です。ありがとうございました。

(令和二年十一月記)

Profile

田島龍太(たじまりゅうた)

明治大学政治経済学部卒業

佐賀県教育委員会文化課を経て、唐津市役所に勤務

退職後、唐津市末盧館館長兼唐津城館長に着任。(現在は退任)

「菜畑遺跡「久里双水古墳」など唐津地域の埋蔵文化財の発掘調査、曳山や建造物等多くの文化財の保存保護に従事する。

この記事はからっちゅ!2020年12月号掲載の『末盧の「もの」がたり』をWeb用に再編集したものです。